言論の自由について考える その2

  03, 2013 10:43
前回、といっても昨日ですが、書き忘れた事がありました。
つむじ風さんに対する、稲氏からの侵害申し立てについて、さらに思う事。

稲氏は、つむじ風さんのブログの記事およびコメントにより、名誉権(社会的信用保持権)を侵害されたと主張されています。これらの名誉毀損情報によって、『仕事関係及び個人的人間関係が致命的なダメージを受けた』と訴えていらっしゃいます。

何度もお名前を出させていただいて恐縮なのですが、私は小出裕章助教、また児玉龍彦教授を非常に尊敬し信頼しております。
小出助教授のYoutubeの動画もよく拝見しますが、その中には、おそらく原発推進派と思われる人物による、批判的、否定的なコメントもたくさんあります。
中には、非常に口汚い言葉で罵るコメントもありますが、読んでいて気分が悪くなりますし、時間の無駄ですので、ほとんど読む事はありません。

仮に、それらの書き込みを読んだとしても、私の小出氏や児玉氏に対する信頼はいささかも揺るぎません。むしろ逆に、応援し、支持したいという気持ちが強まる一方です。

私には学歴も専門知識も経済力もありませんので、このような方々とお近づきになれる機会などありまんが、仮に、仕事関係または、個人的な人間関係があったとします。
その様な状況で、これらネットに溢れる批判的な書き込みを読んだからと言って、それまでに築いてきた人間関係になにか影響が出るかと言えば、そんなことは全くないと断言できます。

金銭のみ、利害関係のみの関係であれば、すぐに終わりを迎える事になるかもしれませんが、信頼に基づく人間関係とは、そんなにもろく崩れるはずがありません。

稲氏の発言に賛同し、支持し、稲氏を尊敬する人もたくさんいらっしゃるのでしょうから、この程度の事では致命的なダメージにはならないはずです。
それとも、つむじ風さんのブログの影響で、周りに誰もいなくなり、仕事もなくなり、今まで稲氏の論説を信じてきた人達も、まったく信じなくなってしまったのでしょうか?

きつい言い方かもしれませんが、面識もなく、どこの誰とも分からない人間が書いた言葉に影響されて、破綻してしまう程度の人間関係だったとしたら、はじめから人間関係とは呼べないものだったのではないでしょうか。

私は人間関係を築くのがあまり器用ではないので、人付き合いも少ないですし、一人でいるのが好きなのですが、もし自分の親友がネットで非難されたからと言って、その親友とのつきあいを止めたりはしません。
何年来も付き合ってきた親友よりも、たまたま見たネットの書き込みを信じるなんて馬鹿げていますから。

それでも壊れてしまうとしたら、親友でもなんでもなく、うわべだけのつきあいだったに過ぎません。体裁とか打算とか損得とか計算とか、なにかそういうもので成り立っていた人間関係だったのでしょう。

困っている時にこそ助けたいと思うのが、本当の人間関係だと私は思いますが、仮にその書き込みが本当で、親友と思ってきた人が信頼できる人間ではなかったと分かった時には、自分から離れるだろうと思います。

ところで、稲先生の周囲にいる方は、悪い評判が立ったら、さっさと離れていってしまう方たちばかりだったのでしょうか?
数々の実績や社会貢献などが正当に評価されていれば、私が小出先生を慕うように、稲先生を慕う方は、この位のことで離れる事はないと思います。

関連記事

0 Comments

Post a comment

What's New